七宝焼アーティスト 斉藤芳子 || 七宝焼アトリエCOCO

旅行記 Travel notes旅行記 Travel notes

アルゼンチンにて

七宝工芸作家 斉藤芳子

■アルゼンチンにて
 イグアスからアルゼンチンの首都まで1500kmの道のりは、バスで行くと18時間、飛行機よりはかなり安いものの、今回の旅では時間の方を節約するとした。イグアスからサンパウロに3時間かけて飛行機で戻り、さらに5時間かけてベノスアイレスへ向かう。アルゼンチンでの一番の目的は、七宝作家の工房を訪ねることだ。
 首都ベノスアイレスじゃヨーロッパの人々が第2のフランスにしようと都市づくりをしたところなので町並みは美しく、道はところによって12車線もあったりする。公園も美しく芸術家が集まって作品を作っている一画もある。ここは文化人も多いところだそうだ。古い駅舎が彼らのアトリエとなり、鉄道の廃材で作品づくりをしている人もいる。
 アルゼンチンのタンゴの店はなんと夜の11時頃から始まった。ラボッカという直訳すると「くち」という意味の地名があるが、タンゴ発祥の場所だそうである。そもそもタンゴはイタリア人が悲しみと苦しみの中から生み出したものだそうで、情熱的なダンスを苦しげな表情で4組のカップルが踊る。ダンスショーの間にインディオの男性が「コンドルは飛んでゆく」を演奏して場内は大喝采。数日前イグアスの滝に行ったときに、空に5、6羽のコンドルが舞っていたのを思い出したりした。一番好きな曲である「チェロのタンゴ」の演奏と本場の洗練された踊りを見て大感動する。そして最後の曲となり、そろそろ帰ろうと思っているところに舞台の男性が私の目の前に降りてきた。私の手を引っ張り舞台に上げてしまった。タンゴの曲がはじまりどうしようと戸惑っている私。なんとスイスイとタンゴを踊らせてしまったのだ。上手な相手だとタンゴは引っ張られて私のようなものにも踊れることを発見する。本場で思いがけない素敵な旅の思い出となった。
 ベノスアイレスでバスツアーに乗った。サッカー場を見学する。同じツアーの中は新婚さんが5組もいる。ビヤダルのような「酔っ払いの木」の町の街路樹になっている。時々、犬を散歩する仕事の人と出会うがリードなしで10匹ほど連れているのには驚かされる。手作りアートの店が長々と繋がり販売しているレッコレッタ公園も面白い。こんなところに半日でもゆっくり見てみたいが残念!町中に一辺が200mの新聞王の家があり、ここにたった9人で住んでいるとかで、家の中を歩くのもけっこう骨が折れるそうだ。
 ベノスアイレスで大通りの端にある南米一の美女エバペロンの像を見る。彼女は孤児で、下層階級から女優となり、女優から大統領夫人になった人で、労働者の強い味方であった。そのエバの人気は今も衰えることはない。上流階級からは憎まれたようだが、エバが34歳でガンで亡くなったときには、7日間も市民の参列が続いたという。日本が大戦後食料も何もないときには真っ先に日本へエバが慰問物資を送ってくれたことは意外に知られていない。ブラジルの日本人からも戦後多くの物資をいただいたはずであるが、近年ブラジルから働きい来ている日系人に対して日本人は、まだまだ差別や偏見をしているような現実もあり悲しい。もっとたくさん交流をしてほしいものである。そして、現在の南米がどのくらい発展しているか知ってほしいものだ。

■4月3日 アルゼンチンに住む世界的な七宝作家
 バレリアとウーゴのアトリエを訪問する。二人の素晴らしい作品を次々に見せてもらった。ウーゴの父が七宝作家であったことから、彼は小さい頃からこの世界を見て育った。きちんと整理された工房は、隅から隅まで作品が飾られて、彼らのセンスの良さが光っている。
 ウーゴとバレリアそれに私たちで牛肉専門の焼肉レストランに行く。何十メートルもの炭を使った長~い焼き台あり、牛のいろいろな部位を焼いてくれる。何ともダイナミックでグロテスク。私の食欲はゼロになってしまう。ウーゴたちは食欲旺盛なのに、二人とも、痩身でカッコいい。二人は結婚はしていないのだがもう長く暮らしている。二人の作家のアトリエははっきりと分かれて半分半分になっている。足りない工具はお互いに借りる。一つのスペースを二人のアイデアでとてもうまく使っていた。

■ベノスアイレスの夜景
 帰りはアルゼンチンの飛行場のストで大混雑し、予定していた飛行機がなんと飛び経ってしまった。すぐに次の便に席を取るが荷物は先にサンパウロに行ってしまった。やっと乗れたのが夜の9時。機内から見えるアルゼンチンの夜景は今まで見たことのないものだった。隅々まで碁盤の目のように区画整理されたベノスアイレスの町が細かく光り、一面が網のように見え不思議な景色を作っていた。

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